2023年3月末に東京の久が原から岐阜県の大垣市に引っ越しをした。
引っ越し先は職場であるIAMASの寮にした。この寮は学生も入れるし大学関係者も入居できた。
このときの引っ越し先は、自分で探す時間も余裕もなかったこともあり、事務局の方の提案で寮に住むことに決めたのである。家賃は1万円くらい。45平米ちょいの1DKでバストイレ別のRCマンション。これまで住んできた家の中で最も安くて広いという部屋であった。築年数は古かったものの、私からすると住むには十分であった。
職場環境もよく、楽しく過ごしていたほうだと思う。同僚とも仲が良かった。たまにかなり時間を要する業務があったりしたが、制作をする場合がほとんどだったので楽しかった。
私のIAMASでの仕事のメインは工房にて学生や教員に対してデジタルファブリケーションに関する技術的な制作支援を行うことであったが、自分でもいろんな実験的な制作を行なっていた。特に半年が経ったあたりから、学生の制作で発生する大量の木の端材に興味を持ち始めた。端材はこのあとどうなるのか、まだ使えるのではないか、これはゴミなのか、とか思うようになる。制作にはいろんなアイテムが必要だが、その過程で不要となるものが同時に現れるというのは不思議な話だな、と。かといって学生にゴミを出さないように制作をしてください、というのも表現を規制しているように感じるので違うな、と。
そんなことを考えながらよく家の近くの「喫茶 愛」に行ってはオムライスを食っていた。愛は昔ながらの喫茶店で寮からも徒歩で行けるので休みの日はだいたい愛に通いゆっくりと読書をしていた。
いろいろなことが重なってIAMASは1年で辞めるのだが、特にその先のことを考えていなかったので、一旦実家に戻ることにした。大阪である。
大阪の実家への引っ越しは、同じ小学校に通っていた大阪在住の友人に手伝ってもらった。ダメもとでお願いしたら、大垣まで来てくれたのである。小学校の友達といってもずっと連絡をとり続けていたわけではなく、この数年前(私がまだ東京にいた頃)に突然連絡があり、再び交流が始まったのである。私は当時運転免許を持っていなかったのでハイエースのレンタカーの運転をしてくれた友人には本当に感謝でしかなかった。大垣から大阪までの道中で昔話をたくさんした。そして大阪の実家での生活が始まるのである。