自分の引っ越しに関して、ふと振り返ってみようと思ったので書き留める。長くなりそうな気もするので何回かに分けて。
直近で言えば2026年2月末に大阪から浜松に引っ越したのだが、はじめて引越しをしたときから振り返ってみようと思う。自分は一体これまで何回引っ越ししてどんな土地に住んでいたのだろう、何を考えていたのだろう、など。
初めての引越しは27歳の時で大阪から東京に引っ越した。2011年。父が軽トラを出してくれて、荷台に必要最低限の荷物を積んで大阪を出た。引っ越し理由は大学進学である。すこし話は逸れるが、割と多くの人は高校を卒業するとその後大学へ進学するようで、私も高校卒業後とある大学へエスカレーター式で入学した。が、すぐに辞めてしまった。辞めた理由は別にネガティブな理由ではなく、入った学科が面白くなかったからだ。学費を払ってくれていた家族には本当に申し訳なかったと思う。そのあと色んなバイトを転々としてコツコツお金を貯めて、みたいな生活をする。とあるタイミングで興味のあること(近代建築の保存の研究)が見つかり、その興味の対象を研究している先生が東京の大学にいることを知り、そこに進学した。
で、話を戻すと、初めての引越しは東京の神楽坂というところだった。大学まで徒歩2分でいけるからだ。東京の満員電車には乗りたくなかった。家賃は共益費込みの6万のRC造であった。当時の神楽坂の家賃状況を考えるとかなりの格安物件であった。築年数は50年以上だったと思う。風呂トイレは同室のユニットバス。洗濯機は外に置く。給湯器も室内に。広さは2部屋あって33平米くらいだった。一人で住むには十分なスペースであったし、実家を出て一人で生活をする楽しみもあったと思う。
しかし、大学が始まってしばらくして、貯金と奨学金だけでは生活が成り立たないことに気づき、すぐ近くのチェーンのカフェでバイトを始める。そのバイト先に生粋の東京人の女の子がいて、東京の街についていろいろ教えてもらった。そこからいろんな場所に自転車で繰り出すようになった。渋谷までチャリで余裕で行けるやん、という感じであった(実際20分くらいだったように思う)。それから見たい建築をたくさんチャリで見に行った。
神楽坂は昼も夜も賑やかなのだが、特に夜の人々のうるさい声が私には心地よかった。たまの外食に松屋のビビン丼、明け方まで開いているロイホで大学の課題や読書。あとは近くに熱海湯という銭湯があったのだが、とにかく熱い。だが、雰囲気が好きでよく行っていた。ある日の夜、いつものように熱海湯に行ったのだが、熱い湯船に浸っていたら入浴中に近くで同じく浸かっていた市川海老蔵風の人に「きみ、はじめて?」と声をかけられた。えっ?と思ったが彼は続けて「熱いでしょ?大丈夫?我慢するなよ」と、ベテラン感を出してきたので、何が何でもこいつより長く浸かってやると思い、結果的に海老蔵風に私は勝った。入浴後、勝利の美酒として瓶牛乳を一気に飲み干した記憶がある。
そんなこんなで神楽坂は当時の私には住みやすく感じた。大学を卒業後、筑波の大学院に進学したのでここで2回目の引っ越しをすることに。ひとまずこの辺で。